Viviちゃん伝説  written by YUKIさん  

〜 伝説が書かれた日  2005年2月1日 〜

その日は突然やってきました。少なくとも私に心の準備はできていませんでした。

2004年6月19日
帰宅すると、いつも玄関でお迎えしてくれる Vivi が来ていませんでした。
こんなこと初めて・・・。今朝からちょっと食欲ないみたいだし、明日、病院に連れて行こう。でも、どうせ食べ過ぎて胸焼けしてるんじゃないかな?食いしん坊だからなあ。
お迎えには来なかったけど、特別ぐったりしている様子はありませんでした。いつものダラダラした格好で「ぐるにゃ〜ん」と鳴いていました。

Viviは2ヶ月半の時に、大阪から新幹線に乗ってやってきました。その一年前にウチの子になった黒猫ココの遊び相手兼妹分として来たのです。まんまる顔にまあるいボディのアメリカンショートヘアの女の子です。
名前はフランス語でVivifier、「元気付ける」という意味です。「大阪から来たおデブちゃんがヴィヴィフィーユなんて(笑)。
どうみてもヴィヴィフィーユって顔じゃないよなあ。ドラえもんだよなあ」と言われましたが、名前負けしてようが何してようがViviはViviなんです。トコトコトコ、と歩いてきては突然お腹を見せてあおむけに寝転がる、まるでお腹なでてよ〜とでもいうかのように。そんな愛嬌のあるViviはうちに遊びに来る友人たちのアイドルのような存在でした。

6月20日
ワクチンで一年に一回お世話になるだけの動物病院へ行きました。「昨日からちょっと食欲がないみたいです。あとお口もくさいんですよ〜。」全然重症だとは思いもしない私は、のほほ〜んと話していました。
その日はいつもの院長先生ではなく優しげな女性の先生で、初めはニッコリ微笑んでいましたが、体重を測ったとたん困った顔になりました。
3月にワクチン接種に来た時には3.5 k gだった体重が2.54 k gになっていたのです。え???太りすぎって言われてたので、確かにダイエットフードにしてちょっとは成功したかな〜とは思っていたけど、ここまで減っているとは
先生は「3ヶ月で1 k g減るというのは何かあると思いますので、血液検査してみましょう。エイズの検査もしていいですか?お口がくさいのは、口内炎ができているからです。ほら、かなりただれているでしょう?お口が痛くてご飯が食べられなかったのかもしれないですね」とおっしゃいます。

10分後、血液検査の結果が出ました。
Cre:9.1, BUN:200over, IP:20over, PCV:29%
この時点では、私はこの数値の重大さを理解できませんでした。
「これは腎不全ですね・・・。腎臓っていうのは一度壊れると再生不可能な臓器と言われてるんです。完治することはないので、後はわずかに残された機能をどれくらい活用できるかということになります。延命治療しかできないのですが・・・。」
(先生、何言ってるの?それ間違ってる。そんなはずない)
「腎不全ていうのは、猫の場合高齢になるとかなりの割合で起こるんですけど、この子はまだ4歳ですよね。若い猫ちゃんには珍しいのでエイズも疑ったんですけど、それは陰性でした。」
(・・・・・・・・・・。)

私は口がきけなくなっていました。手足が一瞬にして冷たくなりました。ただ診察台の上のViviをなでながら黙って先生の話をきいていましたが、頭は拒否反応を起こしていました。先生は、そんな私のかたくなな態度に気付いたのか、「ちょっとしたことだと思って連れてらしたんですよね。こんな大変な病気だとは思ってなかったんですよね・・・。」と優しくおっしゃいました。そのとたん涙があふれてきました。
その日は皮下輸液とステロイド注射一本をしてもらい、帰宅することとなりました。入院しなくていいんですかと訊ねると、先生は「病院に入院するだけでストレスになる子もいます。お家で看てあげてゆっくり休んだ方がいいです」とのこと。
泣きながら診察室を出ると、さっきまで和気あいあいとしていた待合室がし〜んと静まりかえっていました。

 

帰りは、車で30分の道のりをどうやって運転して帰ったのかわかりません。
「ごめん、ごめんね、Vivi。なんで私は気付かなかったのかな。でも2日前までは、いつもご飯の用意するとまっしぐらに来てたよね?」
でも、よくよく思い出してみれば、とんできて食べ始めるんだけど少ししてぱたっとやめてたような気もしてきました。また後で食べるんだろう、くらいにしか思っていませんでした。ごはんのお皿はきれいに空になっていました。もう1匹の同居猫ココが食べていたのでしょうか。食欲はあるけど、食べ始めたらお口が痛くて続けられなかったのかもしれません。
「なんで気付かなかったの?なんで気付かなかったの?Vivi、ごめん・・・ごめん・・・」と泣きながら運転していました。

帰宅後、それまでドライフードオンリーだったのですが、お口に刺激が少ないようにと柔らかな缶詰を開けてみました。
すると、いきなりムシャムシャ1 /2 缶食べきってしまいました。痛み止めの注射も効いたのでしょう。
やっぱりお腹はすいてたんだね。お腹すいてるのに食べられなくて余計つらかったね・・・・。
それを見たとたん、やっぱり腎不全なんて間違いでは?という思いがむくむくと湧き上ってきました。こんなに食欲も出てきたんだし、若いんだし、つい先日まで元気だったんだし、治らない病気のわけがない、と・・・。

それからインターネットで情報収集を始めました。そこで知ったのは、腎不全はやはり治らない病気であるが、発病してから何年も頑張ってる猫さんもいるということでした。
もし、本当に腎不全だとしても、Viviは若くて体力もある。高齢な猫さんが頑張れるんならViviだって頑張れるはず。でも腎不全というのはきっと間違いだろう。でもでも、もし本当に腎不全だとしても、初日に入院して静脈点滴という処置にならなかったのだから軽いのかもしれない。いや、軽くなくても何としても快適に長生きできるようにサポートしなきゃ、と私の気持ちは揺れていました。

翌日から毎日通院して皮下輸液と抗生剤の注射を受けることになりました。自宅でのお薬は、口内炎治療のためのステロイド軟膏のみです。
食欲もでてきて、普通に走ったりジャンプしたりしていると話すと先生は驚いていました。

5日目に先生が「この数値でご飯食べたりジャンプしたりなんて考えられないです。実は最初にみせていただいた時、一両日中に急変するかもしれないと思っていました」とおっしゃいました。(そんな・・・先生、そういうことは早く言ってよ)と思いましたが、私が突然の告知にショックを受けていたので、先生もそこまで話すことができなかったのでしょう。
やはり腎不全との診断に間違いはないらしく、私の微かな望みは消え、やがて病気を受け入れてViviとともに頑張ろうという方向へ向かっていきました。

6月27日
2回目の血液検査。
Cre:5.4, BUN:200over, IP:9.7, PCV:19%
1回目で PCV が 29% だったのは脱水していたからで、本当は貧血だったのです。貧血ならレバー食べたりとかサプリ飲だりとか何とか対処できるのではと思っていましたが、調べれば調べるほど猫の貧血は大変なことでした。
この時からViviは貧血とも闘っていくことになりました。
口内炎は治癒したので軟膏は中止、クレメジン内服薬開始となりました。

6月30日
これから毎日何年も通うのだから、ということで思い切って家の近くの病院へ転院することにしました。
幸い、Viviは新しい病院も新しい主治医の男の先生のことも嫌がる様子もなく、採血も輸液もおりこうさんに受けていました。ここでは毎日続いたお気に入りの儀式がありました。
まず診察室に入ると、先生がキャリアからViviを連れ出して抱っこします。次にピッと片手で診察台の体重計スイッチをリセットします。装置が働くまでの間、先生はViviを抱っこしたまま「よーしよーし」とゆすって頭にチュッとします。体重計がゼロを表示したところで、おもむろに診察台の上にViviをのせます。
初診時に、無表情で無口で怖そうな先生という印象があったので、初めてこの一連の動作を見た時にはびっくりしました。けれども、なんだかとってもViviが愛されてるような気がしたので、毎回こうしてくれるとほっとして安心してお任せできたのです。
この日からクレメジンに加えてリンを下げる薬も開始となりました。

Viviは第一診察室の大きなステンレスの診察台がお気に入りでした。冷たくて気持ちいいのかな?べーったり伸びて、私の腕を枕にして皮下輸液を受けます。時間的には10分から15分といったところです。Viviは一度も暴れたり鳴いて大騒ぎしたりということがありませんでした。もし嫌がったら見てるのがつらかっただろうから、なんてママ思いの子だったんでしょう。私が右手で枕をし、左手でViviをなでていると輸液を受けながらもゴロゴロ気持ちよさそうに寝るのでした。あまりにもリラックスしすぎで、先生からも「うーん、これは大物ですね」と言われ逆に恥ずかしい思いをしました。
お家に帰るとその輸液が前足の付け根にたまり、モモンガ状態になります。両足に均等に液がたまればいいのですが、どうしてもどちらか片方に偏ります。そうすると歩くときにバランスが崩れてヨタヨタします。それを見るとかわいそうに思ってしまうのですが、そこを「モモンガちゃん、かわい〜」と笑いとばしますようにしていました。

当初、先生から「とにかく何でもいいから食べたいものをあげて下さい。貧血もあるので、とにかく食べないと」と言われていたので、いろんな種類の一般食の缶詰を買ってきてViviが食べてくれるものをあげていました。
それでも食べられない時があります。あれだけBUNが高ければ気持ち悪いですよね・・・。
あんなに食いしん坊だった子の食欲のない姿を見るのは、あまりにせつないものです。
しばらくして、Viviを心配してくださる方々のアドバイスがあり、療法食へ切り替えることになりました。
後に、最初の先生に続きこの先生まで「Viviちゃんがここまで頑張るとは思っていませんでした。うちにいらした時にはかなり厳しい状態だと思っていたので」とおっしゃっていたので、「何でもいいから食べさせて」というのはそういう意味もあったのかもしれません。

 

7月7日夜
BUN が相変わらず 140 over (この病院では測定機器の違いにより 140 が測定可能ライン)のため、入院して静脈点滴することになりました。4泊5日の予定です。翌日様子を見に行くとすり寄ってきました。大丈夫ね?

7月9日
私の職場に先生から電話が入りました。緊急の場合に、と伝えてあった電話番号です。受話器を受け取る手が震えました。ナニガアッタノ・・・・マサカ・・・・・・!?
「 PCV が 13 %になってしまったので輸血したいのですが、よろしいですか?」
正直なところ、一瞬でももっと怖いことを想像してしまったので、輸血くらいどんどんやって下さいという気持ちで、即お願いしました。

仕事が終わって会いに行くと、酸素ボックスに入っていてまだ輸血中でした。ぐったりしています。なでても余計つらそうなので、そっと見守ることしかできません。Viviはこんな小さな身体で頑張ってる・・・。何にもしてあげられないもどかしさで涙が流れます。
先生が入院室に入って来ました。「今日は 25cc 輸血しました。提供する猫ちゃんも身体が小さいからそうたくさんはとれないんです。人間の血が使えるなら、私のを1リットルくらいあげるんですけどね。私は献血が趣味ですから」と無表情におっしゃいます。私は、笑うところかどうかわからず、泣き笑いを浮かべて先生に頭を下げました。変わった先生です。

7月11日
退院。 Cre:2.1, BUN:64.8, IP:8.7, PCV:24%
朝も病院で一缶食べたのに、家に着いたらまたお昼ご飯として一缶食べました。夜も一缶。おいしいね。よかったね。今のところ自力で食べてくれています。

ただ、便秘気味になってきました。トイレでポーズするも出ません。後ろ足の筋肉がほとんどなくなって骨と皮という状態になっているのでふんばれません。見た目ではわかりませんが、触るとゴツゴツしています。こんな足でよくジャンプできるね、Vivi。なんて強い子なんでしょう。

真夏のため、一日中エアコンをドライにしてつけていますが、Viviは本来エアコンが好きではありません。クーラーをつけるとすぐ部屋から出て行ってしまうくらいですが、ドライならばまだ許してくれます。それでも、帰宅するとエアコンをつけてあるリビングから出て、どこかに隠れていることがあります。
具合が悪くなるまでは、毎日、玄関の鍵を開けるとすぐ足元に迎えに来てくれていたのですが、今ではそれは懐かしい習慣となってしまいました。帰宅してリビングにいないと必死で探します。以前は「Vivi〜」と呼ぶと必ず「ぐるにゃ〜?」と返事をしてくれたものですが、今は無言です。隠れ場所は玄関の下駄箱の下や浴室です。涼しいところを探しているのかな?安心して快適に寝れる場所を作ってあげたいんだけど、どうすればいいのかわからないよ。

この頃私は、夜はタオルをしいたViviのベッドのそばに布団を敷いて眠っていました。ある晩、突然Viviが寝ている私の足の上に乗ってきておしっこをしました。びっくりしました。Viviは私のことを怒ってるのだと思ってショックでした。翌日、先生にそのことを話し、「私が毎日毎日、無理に薬飲ませたり病院に連れてきたりしてるから、Vivi、私のこと嫌いになっちゃったのかなあ?」というと、先生は「ママの足の上が安心できるんですよ。だからそこでおしっこしたんです。」と怒ったようにおっしゃいました。「薬も病院も自分のためにやってくれてる、ってViviちゃんはちゃんとわかってるよね?」と最後の方はViviに向かって話しかけていました。

輸血しても1週間でその効果がうすれて再び輸血ということが続きました。Viviの身体にさらに負担をかけるのではないかと心配でした。でも、今、この瞬間を乗り切るにはそれしかない・・・。
平行してエリスロポエチンの注射もしていましたが、なかなか思うように効果が現れないのです。そのうち抗体ができてしまい、中止することになってしまいました。
そんな時、「増血シロップを提供します」とのお申し出をいただきました。ある方がご自分の猫ちゃんにと思って用意されたシロップです。その子はつい先日虹の橋へと旅立ってしまったとのこと。そのお気持ちが嬉しくて嬉しくて、大事なシロップをありがたくいただくことにしました。チビちゃんの分も頑張るんだよ、Vivi。

7月20日
今日から流動食導入。缶詰を流動食にしてシリンジで食べさせます。病院で先生がお手本を見せてくれた時には、Viviはそれほど嫌がらず上手に食べていましたが、私がやると全然違います。暴れる、こぼす、時間がかかる、Viviぐったり、私もぐったり。ごめんね、Vivi、下手すぎだね。修行が足りないなあ。

翌日、もう一度先生に頼んでお手本を見せていただきました。先生がやると、35mlの大きなシリンジの中身があっという間にViviのお腹に消えていきます。Viviも体力を消耗していません。「さ、やってみて」と先生。

「左手でしっかりViviちゃんの首の後ろを持って、顔を上に向けさせてから下に押さえこむ」
「先生!Vivi、し、白目になっちゃって、顔が怖いんです」
「ほらっ、そこで逡巡しないで!」
「ひっ」
「口の横からシリンジの先を入れて上あごに塗りつけるようにする。なるべく奥の方へ入れて」
「うわわわわ」
「手前の方だと吐き出されるからっ。はい、いいよ。そしたら一口ごとに『よしよし』って喉をなでる。上向きにね」
「う、ごめ、Vivi・・・」
「はい、二口目いって!とにかく食べさせるんです!」

先生はViviには優しく私には怖い人です。スパルタでしたけど、おかげさまでなんとか強制給餌をマスターし、「ご飯食べなかったらどうしよう」という不安は少しは解消されました。食べなかったら食べさせればいいんですよね?
それからは、「ご〜はんだ、ごはん〜だ、さあ食べよう〜」と歌ってから、Viviちゃんのテーマと名付けたCDをかけながらこの3分足らずの曲の間に1本行くのだ!と決めて、決して人には見せられないハイテンションな姿でお食事タイムを演出していました。

7月31日午後3時頃
仕事から戻って、リビングのテーブルの上に寝そべっているViviの様子をちらちら見ながら食事の用意をしていました。すると、Viviが突然走ってきた犬のように「ハアハア」としました。いつもはピンクの鼻の頭と口の中は真っ白です。人間でいうと真っ青で血の気のない顔色です。呼吸が苦しいんだ・・・!ぞくりとしましたが、私自身大きく深呼吸して、すぐに車に飛び乗って病院へ駆け込みました。ちょうど次の患者さんを呼ぼうとしていた先生は、私の様子を見るなりすぐにViviを受け取りました。診断の結果、貧血の発作だということで緊急輸血になりました。PCVが 10 %になっていたのです。もしViviが一人の時に発作が起きてたらと思うと怖くて怖くてたまりませんでした。

私たちのせいで順番をとばされた患者さんに謝ると、その方は「いいんですよ」とおっしゃって、でもいろいろ問いかけるでもなく私をそっと一人にしておいてくれました。外来の待合室に座ってただただ待っていました。
「輸血が始まりましたからどうぞ」と呼んでいただき入院室に行くと、Viviはまたもや酸素ボックスの中で輸血されていました。その時、横を看護士さんに抱かれてぐったりした大きな猫ちゃんが運ばれて行きました。
「あの子が今回血液を提供してくれたグレママです」と先生が教えてくれました。グレママちゃん・・・。

酸素ボックスのそばに座って見守っていると、不思議なことにViviはみるみる元気を取り戻していきました。うろうろ歩きまわったり点滴されている方の手をなめたりしています。
再び先生がやってきて「あ!ちょっと、手をなめないよう説得して下さい。前回の輸血の時はライン噛んじゃって、もれたんですよ。」
「え?」私は冗談だと思って先生を見ると、真面目な顔をして「じゃないと、カラーつけなきゃいけなくなりますよ」と言っています。本気なんですね、先生・・・。うーん、手をなめないようになんて複雑なことわかるのかな、Viviは。コラッ!って怖い大声出せば「いけないこと」ってのは理解できるはずだけど、こんな状態のViviに「コラッ!」ってやる自信ないしな・・・。私は先生のことが怖いので躊躇しながら形ばかり「Vivi、だめだよ、手をなめちゃ」と言ってみましたが、やはり通じませんでした。

「仕方ないですね」と先生は言ってエリザベスカラーをつけました。他の子はこういう時説得に応じるんでしょうか?
兎にも角にも今回の輸血は大成功です。エネルギーをチャージされたみたいに、みるみる元気になりました。Viviは頑張りました。不死鳥のように甦ってきました。ゴロゴロ言ってすり寄ってきます。えらいよ、Vivi。すっごくえらい。ありがとう、グレママちゃん。

8月1日16:30
退院。帰宅後、缶詰半分を自力で食べました!10日間ずっとシリンジごはんだったのに。すごいね。「無理矢理ごはん」じゃなくて「自分でごはん」だよ。幸せだね。おいしいね。食べたくて食べられるってうれしいね。Viviのためだから、と思い込もうとしてたけど、やっぱり無理矢理食べさせるのは、本当は私もつらかったの・・・。

8月5日に行った血液検査では Cre:2.3, BUN:47, IP:3.0, PCV:25% でした。一ヶ月以上毎日この病院に通っていて、初めて先生の笑顔を見ました。
それからViviは、8月15日までずっとドライフードで「自分でごはん」を続けることができました。ノルマの途中で止まってしまっても、「はい、あ〜ん」と一粒ずつ食べさせれば最後まで食べてくれました。この間、日に日に調子をあげてきて、しばらくお休みしていた毛づくろいも自分でできるようになり、なでるとゴロゴロ言ってくれるようになりました。身体が本当につらいときは触られるのも負担になるようでしたから、さすってあげられるのが幸せでした。時々はお迎えにも来てくれたんです。
この2週間は神様とグレママちゃんからの贈り物でした。まるで魔法みたいでした。私は、私とViviに与えられたこの日々を忘れられません。1日1日を感謝とともに過ごすことができました。

8月15日午後4時
とうとう魔法が消える時がきてしまいました。PCV 13 %、再び輸血です。先生が、これから献血できる猫ちゃんを探すというので、「ココはどうでしょうか?」と伺いました。すぐに連れてきて下さいとのことだったので、家でのんびりしていたココを連れて病院に戻りました。ココに献血のことを言い聞かせる間もなく、キャリアを受け取った先生はそのまま処置室へと消えて行きました。

輸血が始まると、入院室へ呼ばれました。Viviの下のケージにココが寝ています。Viviはぐったりしています。ココは私を見ると頭を持ち上げて鳴いて寄って来ようとしますが、麻酔がまだ効いていて身体が動きません。それでもしきりに鳴き声だけはあげています。横たわった姿勢のまま這いずってきました。胸元の毛を剃られていて、黒猫なのにその部分は真っ白で痛々しいのです。看護士さんがケージの扉を開けてくれたのでようやくココを抱くことができました。えらかったね、ココ。Viviちゃん、ココの血で元気になるといいね。
Viviは相変わらずぐったりしています。気持ち悪そうな顔をしています。明らかにグレママちゃんの時とは違います。ココの血が合わなかったのか、もう既にViviに輸血を受けつける体力がなかったのか、不安なまま処置が終わりました。

帰宅してからもViviの様子はよくなりません。それどころか夜9時頃から翌朝7時にかけて血尿が6回も!これではココの血液も全部出てしまったかもしれません。夜までにさらに3回の血尿がありました。
そして、17日から下痢が始まりました。下痢止めのお薬を飲んでも改善しません。体力が消耗していくようです。
入院しなくて大丈夫なんだろうか。どうなったら緊急なんだろう。私に判断できるんだろうか。不安が募ります。先生は「飼い主さんが一番よくわかります。この間だってわかったじゃないですか。でも、そうじゃなくても、もう『見ていられない』と思ったら連れてきていいですから」

8月20日
下痢がひどくなりました。おしっこはトイレにたどり着くまで間に合わないことがあるので、部屋のあちこちにペットシーツを用意しておくとそこでしていたのですが、今まではうんちは必ず砂トイレでしていました。けれどもやはり下痢は我慢できないようで、数歩ふらふらと歩いて下痢、またふらふらと進んで立ち止まる、という状況が2時間続きました。「ひゃあ・・・」と力なく鳴きます。じっとしていればいいのにそれもできない様子。赤ちゃんのおしりふきで汚れたお尻を拭くのですが、それすらされるのがつらそう。でもすぐ拭かないと固まってしまいます。鳴きながら部屋をさまよう様子に私が我慢できなくなってしまいました。深夜1時。先生に電話します。
「様子がおかしいんです。今から連れてってもいいですか?」

主な症状としては下痢ぐらいです。こんなことで時間外に見てもらうなんて許されるのか、などいろいろ考えましたが、なんだか嫌な予感がしたのです。バスタオルにくるんでそっと連れて行きました。夜中の道路は空いていてあっという間に病院に着き、その晩は先生に預けることになりました。

翌朝、面会に行っても具合は悪そうで、ケージの奥にうずくまっています。口元はへの字で気持ち悪そうな顔をしています。お腹はからっぽのはずなのにやはり下痢が続いているようで、おしり周辺の毛がカピカピになっています。持参したお尻ふきではとても取れません。「もう少し具合がよくなったらお湯で洗いますから」と看護士さんがおっしゃって下さいますが、ついこの間までふわふわだったViviの毛皮がぱさぱさ・・・・・。

その日は1日入院室でViviと一緒に過ごしました。本当はスタッフの方の仕事の邪魔になるから長居しちゃいけないんだろうけど、この日は自分の好き勝手にしてしまいました。
夜8時になると外来の受付時間も入院の面会時間も終了です。
Viviのケージの前にすわってじっと見ているだけの私の横に先生が立ちました。私は、「先生、家にいると、病院に連れていけば楽にしてもらえるんじゃないかと思うし、病院にくれば早く家に連れて帰ってあげたくなるんです。矛盾してますよね?先生、私も病院に泊まりたいです・・・。Viviと一緒に泊まりたいです・・・。」などとわがままを言っていました。

翌22日、朝8時50分
自宅の電話が鳴りました。
すぐに病院へ行きました。でも、待合室に立ったまま、促されてもViviが寝かされている診察室にはなかなか入れませんでした。
朝、Viviはみゃーみゃー鳴いていたと思ったらふと静かになったそうです。
すぐに処置をしたけどだめだったと・・・。

「ごめんね、Vivi。ひとりにして、ごめんね・・・」私は謝ることしかできません。
Viviは眼を開けたまま横たわっていました。口もわずかに開いていました。毛皮は温かでした。
先生も泣いていました。

私はずっと怖かったのです。「腎不全の子は尿毒症で苦しみ、痙攣を起こす。それは見ていられないくらい辛い発作だ」と聞いていました。いつViviがそれを起こすのか、私はそれに対処できるのか、不安で不安ですごく怖かったのです。
Viviは、私にその苦しむ姿を見せないように病院で死んだんじゃないか。私が弱虫だから見せられなかったんじゃないか。Vivi、そんないい子にならなくてよかったんだよ。もっとわがまま言って「つらいよ〜」って甘えてよかったんだよ。

この最後の入院は、ちょうどチビちゃんが遺してくれた増血シロップが無くなったので、注文しようと思っていた時でした。不思議です。チビちゃんがViviに「せめてこれを飲み終えるまでこっちに来ちゃだめだよ」って言ってくれてたような気がします。

今、Viviはまんまるの身体をとり戻して、お腹いっぱいごはんを食べているでしょうか。おいしく食べられることの幸せを味わってくれているでしょうか。
ベランダに迷い込んできたスズメを捕まえたように、鳥さんをおいかけて走っているでしょうか。
私が虹の橋に行った時には、すぐに私を見つけてほしいです。大きな瞳で私を見上げ、「ぐるにゃ〜ん」「ぐるぐるぐる?」とすり寄ってきてくれるのを願っています。
私に幸せな日々をくれた分、Viviの4年8ヶ月の短い一生がViviにとって幸せだったならいいのだけれどと思っています。

 

Viviちゃんギャラリー

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葛西のご隠居様主催:猫の肖像画館 20階展示室で、お花の中のViviちゃんに会えます♪

     

 


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